2016年10月01日

徳島県の歴史系イベント

awa-yoshitsune.jpg12月
30日(金) ・由岐産直市「鰤の市」
24日(土)、25日(日) ・鬼籠野 灯りのオブジェ

11月
20日(日) ・妖怪まつり
12日(土)〜13日(日) ・大谷焼窯まつり
5日(土)〜6日(日) ・三好長慶武者行列まつり

10月
23日(日) ・由岐伊勢エビまつり
23日(日) ・祖谷平家まつり
2日(日)、9日(日)、16日(日)、23日(日)、30日(日) ・祠めぐりオリエンテーリング

9月
25日(日) ・北川舞台公演
13日(火)〜10月15日(土) ・由岐の連続秋祭り

8月
12日(金)〜15日(月) ・阿波おどり

7月
31日(日) ・木頭杉一本乗り大会

6月
25日(土) ・五九郎祭り

5月
21日(土)〜22日(日) ・竹ヶ島神社祭り

4月
29日(金・祝)〜5月1日(日) ・大谷焼の里 スプリングフェスタ
27日(水) ・新四国八十八ヶ所 水崎廻り

3月
5日(土)〜6日(日) ・武家屋敷原田家一般公開

2月
21日(日) ・義経夢想祭
19日(金)〜21日(日) ・第七回システィーナ歌舞伎「美女と野獣」

1月
24日(日) ・阿波人形浄瑠璃芝居公演 中村園太夫座
1日(元旦) ・天の岩戸神楽


参考
見どころ「徳島の伝説」(徳島にまつわる伝説と見どころを紹介)


情報提供:徳島県観光協会「阿波ナビ」


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2016年05月19日

「つくば科学万博」に降り立ったゴルゴ13

tukuba-banpaku.jpg

2020年東京オリンピック、何から何までバタバタしていますね。一連の現象は、やはりネットの普及によって、さまざまな情報が世間にも開示されるようになったから起こっているのだと思います

おそらく、「とある筋」にウン億円の口利き料を支払うのは、どこの国も、いつの時代もやっていたことだと思います。しかし、かつては一般の人々がその詳細を知る手段などはありませんでした。それが最近は、裏で隠れてやっていることですら漏れて聞こえてきてしまう時代なのです。

真偽のほどはわかりませんが、現在「電通」という広告代理店の名前が上がっています。ネット上では、すっかり「悪の黒幕」というイメージが定着しちゃっている電通ですが、はるか前からオリンピックや万博の案件を担当してきました(「独占」とか「牛耳る」とか書くとさらに黒幕度が上がってしまうので、ここでは「担当」にしておく)。


●つくば科学万博を巡るエピソード
『ゴルゴ13 第66巻 シーザーの眼』にも、広告代理店と万博を巡るエピソードが描かれています。時代は1985年。我々世代には光り輝く想い出の「つくば科学万博」が舞台です。

大手広告代理店「博通」(元ネタがわかりやすい (;^ω^))のやり手営業マンである鎌田は、直属上司からの特命を受けて、電気企業「シーザー電子」に出向を命じられます。シーザー電子も、つくば科学万博に出展する企業のひとつ。

しかし、彼の周りにはKGB(ソ連のスパイ組織)や警視庁外事一課(要するに公安)、そしてゴルゴ13という物騒な人たちの影が・・・。

これを読むと、広告代理店の仕事というのは、外部に情報が漏れないように超秘密主義であることがわかります。鎌田も同じ会社の同僚にさえ情報を漏らさないよう、万博会場に引きこもって広告宣伝に関する仕事をしていました。こうした秘密主義が、悪くすると「暗躍」、「利益誘導」にとらえられてしまうんですね

いずれにしてもKGB、公安、ゴルゴ13に絡むような仕事は、絶対にしたくないものです。


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2016年04月12日

『写楽 閉じた国の幻』(島田荘司)

syaraku.jpg活動期間たったの10ヶ月(1794年5月〜1795年3月)。鮮烈な作品を残しながら、あとは何の痕跡も残していない謎だらけの浮世絵師・
東洲斎写楽

その正体を巡って、さまざまな議論がされてきたわけですが、ミステリー小説の巨人・島田荘司は、とんでもない仮説を立てて
『写楽 閉じた国の幻』(2010年)を書きました。

むろん、こんな荒唐無稽な話あるわけがない。でも、もしかしたら、あり得るかもしれない。仮にあったとしたら、とてもロマン溢れる話です


(以下は、ちょっとネタバレになっちゃいますが・・・)
当時の江戸幕府の記録と、オランダ商館の記録を照合させるという史料研究が、今なおほとんどなされていないのは本書に書かれてある通りのようです。う〜ん、照合することで、新しい発見がたくさんあるはずなんですけどね。21世紀なのに・・・。コンピューターがこれだけ発展しているのに・・・。ぜひ、やってほしい!!

ただ、「学問」というのは、前例の学説を元に発展させたり軌道修正させていくから、あまり突飛なことをやると「学会」という居場所にいられなくなっちゃうんでしょうね。

でも、そのうちGoogleやAmazonなどが、この分野にも乗り込んでくるような気がします。前例などまったく知ったこっちゃなく前進してきた彼らのことですから。それはそれで楽しみですけどね。


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2016年01月31日

秦の始皇帝の末裔!? 秦氏とは

本場の中国にはいないのに、なぜか日本に「秦の始皇帝の末裔」という一族がいます。しかも、それなりの数。

togi.jpgわかりやすいのは、(はた)さんという苗字。結構いらっしゃいますよね。後は、秦氏から分かれた薩摩の島津氏、四国の長宗我部氏。雅楽家として有名な東儀秀樹さんがいる東儀氏もそうです。

ただ、「おいおい、始皇帝の末裔がなんで日本にいるんだよ?」という至極最もな疑問があると思います。秦は中国大陸の西側にあったため、日本など別次元に遠い存在だったはず。とはいえ、あながち与太話と言い切れない部分もありまして・・・。


秦が滅亡した頃の状況
紀元前221年 秦が史上初めて中国を統一し、秦王・政は「始皇帝」を名乗る
紀元前210年 秦の始皇帝死去、末子の胡亥が二世皇帝として即位
紀元前207年 趙高のクーデターにより胡亥が死去
紀元前207年 趙高によって、胡亥の兄の子とされる子嬰が即位(ただし、皇帝ではなく秦王として)
紀元前206年 子嬰、劉邦に降伏。その後、項羽が咸陽に入城したときに一族もろとも処刑される。これにより秦は滅亡する

一族郎党皆殺しなので、始皇帝の子孫が生き残り、朝鮮半島を経由して日本に渡ってくる可能性は考えにくいです。しかし、わずかながら史料的な根拠もあるのです。


秦氏の登場
秦氏から分派した長宗我部氏の中には、戦国時代に四国の雄となった長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)がいます。長宗我部氏は豊臣秀吉に敗れて以降、散々な苦労をし続けますが、末裔は現在も存在しています。現当主である長宗我部友親氏の著作『長宗我部』を読むと、始皇帝の末裔が日本に渡来してきた経緯が書かれています。同様の内容が『現代ビジネス』のインタビュー記事にもあるので、そちらを引用してみましょう。
長宗我部家の系図をみると、秦の始皇帝の次に記されているのが孝武王です。「五世或十世 世数未詳」との添え書きがあり、始皇帝と孝武王との間には五人から十人の後継者がいたと思われます。その孝武王のあとに書かれているのが功満王。この人のところに「仲哀帝八年帰化」との書き付けがあります。仲哀天皇は日本武尊の第二子で神功皇后の夫です。

この記述から推察すると、功満王が朝鮮半島を経由して日本に渡来し帰化したということになります。その後、弓月王、普洞王と続き、この普洞王のときに仁徳天皇から「波陀」の姓を授けられました。これが転じて「秦」となり、以降一族は秦氏を名乗ることになります。

中国では、王朝が秦から漢に変わってからも、始皇帝は民衆からかなり恨まれていたと思われます。そのため子孫が実際に存在していたとしたら、ひっそりと生きて中には日本まで渡ってきた人たちもいるかもしれません。真偽はともかくロマンのあるお話じゃありませんか。

さて日本史において、秦氏でとくに重要なのが飛鳥時代の秦河勝(はたの かわかつ、wiki)です。聖徳太子のブレーンとして活躍したといわれています。

その秦氏の本拠地となっていたのが太秦(うずまさ、京都市右京区)。映画スタジオの町として有名なこの地に、秦氏の名が残っています。太秦にある広隆寺は秦氏の氏寺であり、京都最古の寺院です。秦河勝が聖徳太子から「弥勒菩薩半跏思惟像」(宝冠弥勒)を賜ったことをキッカケに建立したといわれています。


徐福伝説ってのもあるしね
「なぜ、秦の始皇帝の末裔が日本にいるんだ?」という疑問に対して、もうひとつ出てくる説が「徐福伝説」です。

徐福(じょ ふく)は始皇帝に仕えた方士です。司馬遷の『史記』によると、始皇帝に「東方に不老不死の霊薬がありますよ」と奏上したところ、「じゃあ取ってこい!」と命を受け、3000人の若い男女と技術者を従え、東方に船出しました。そして、その地で王となり戻らなかったと記述されています。

で、この東方の地が、「日本」だというのです。かなりトンデモな逸話ですが、青森県から鹿児島県に至るまで日本各地に「徐福が渡来した!」という伝承が残されています。これだけ多いと、いろんな想像が膨らみますね。ちなみに、徐福伝説が有名な土地のひとつ和歌山県新宮市では、「徐福公園」(wiki)が大々的に作られ、町おこしに利用しています。


秦氏はユダヤ人!?
さて、この秦氏が実は景教(ネストリウス派キリスト教)を信仰するユダヤ人一族の末裔というトンデモ説もあります。そもそも秦という国は中国で一番西にあった国で、シルクロードに直結しており、中東からユダヤ人が頻繁に往来していたことは事実です。

加えて、太秦(ウズマサ)は古代ヘブライ語の「ウズ」(光)、「マサ」(賜物)が語源であるというのです。もちろんトンデモ説の域を出ません。ただ、こういう想像を楽しむことも歴史を好きになるコツでしょう。無味乾燥な年号の暗記などよりは、はるかにいいと思いますよ。


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秦の丞相・呂不韋が主人公の『奇貨居くべし』(宮城谷昌光)


巻頭に長宗我部家の系図が載っており、その先頭が始皇帝になっていてビビります。

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東儀秀樹さんは雅楽の世界にポップスの要素を盛り込み、現代の人でも楽しめる雅楽をつくっています。

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ネタバレですが、「秦氏=ユダヤ人説」をモチーフにした結末が待っております。

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2016年01月17日

職場の悲喜こもごもは明治時代も同じ ― 『坊っちゃん』

bocchan.jpgお正月に放映した『坊っちゃん』、かなりおもしろかったです。嵐 二宮くんの演技も秀逸で、ひたすら天麩羅蕎麦を食べ、ひたすら道後温泉に浸かってました ( ^ω^ )


これを機に夏目漱石の原作(1906年)も読んでみてください。
不朽の名作とはまさにその通りで、まったく古さがありません。どの時代の職場にも、いけ好かない上司(赤シャツ、演:及川光博)、その太鼓持ち(野だいこ、演:八嶋智人)はいるもの。そんな奴らを頼もしい同僚(山嵐、演:古田新太)と組んで仕返しをする。昔『坊っちゃん』、今『半沢直樹』。人間の営みは、100年経っても大して変わってないと思うばかりです

本作は日本を代表する文学作品ですから、多数の外国語に翻訳されています。とはいえ、本作を一番よく理解できるのは、やはり職場環境に一喜一憂せざるを得ない日本人でしょうね。転職することが当たり前の海外では、深刻に嫌になる前にすぐ辞めちゃうでしょうし。職場で発生する悲喜こもごもはピンと来ないかもしれません。


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2016年01月14日

ニフティが創業30周年

nifty-serve.jpg2月にプロバイダの老舗であるニフティ(外部リンク)が創業30周年を迎えます。インターネットが一般的になる以前から「パソコン通信」の文化を作ってきた同社。多くのプロバイダが設立しては消滅してきた中で、30周年を迎えたことは「奇跡」といえます。同社の歩みを振り返ってみます。


●日商岩井と富士通の折半出資で設立
1986年2月4日に「エヌ・アイ・エフ」(NIF)として設立。社名のエヌ・アイは総合商社である日商岩井のこと。エフは富士通のことを指し、両社50%ずつの出資で設立されました。社名は後にNIFからNIFTY(ニフティ)に改名されます。

当時では富士通のような総合電機メーカーと、日商岩井のような総合商社が合弁会社を設立してサービス展開するというのは珍しいことでした。それだけ新しいサービスに賭ける意気込みがあったのでしょう。技術面を富士通が、営業面を日商岩井がフォローする形でサービスを展開。そして1987年、パソコン通信「ニフティサーブ」をスタートさせました。


●そもそも「パソコン通信」とは何か?
パソコン通信の草分けは、アメリカのCompuServeでした。ニフティサーブは設立当初、このCompuServeのライセンスを購入して日本展開していました。

パソコン通信は、あらゆる端末とつながる現在のインターネットとは異なり、ニフティのようなサービス会社が用意したサーバーにアクセスし、そのサーバー内に限定して交流する仕組みです。しかも、当時では写真・画像などを送れるほど大容量の通信回線も存在していません。交流はもっぱらテキストだけでした。今の感覚で考えると原始的に感じてしまうでしょうが、当時としてはかなり画期的だったのです。

そもそも、当時のIT環境を想像してみてください。まだ携帯電話も電子メールが存在せず、固定電話しかない時代です。こうした時代でもパソコン通信を利用すれば、北海道の人と沖縄の人同士、さらには海外に住んでいる人同士でも、距離を飛び越えて交流できたのです

ニフティサーブでは交流する話題によって「フォーラム」が形成され、作家やアーティストが初期から参加していました。まさに「未来」を感じさせるサービスの登場であり、これが後のインターネットにつながっていくわけです。

またホビー以外の実用性を重視したサービス(有料データベース等)を行っていたため、法人会員が多かったのも特徴のひとつです。こうした理由からニフティはとてもマジメな、ときには堅苦しいと評されるイメージがありました。ただ結果的にはこのことが、流行に左右されず、現在まで存続できた理由かもしれません。


●インターネットの登場で、パソコン通信が役目を終える
ニフティサーブはサービス開始から、少しずつ知名度を上げ会員も増加していきました。1995年、Windows95が登場しパソコンブームが到来したときには、会員数は100万人を突破し、国内最大のパソコン通信サービスとなります。

しかし、1995年当時、すでにインターネットも普及しつつありました。インターネットはテキストだけでなく、画像や様々なメディアを混在して表示できる画期的なもの。テキストだけのパソコン通信は、イッ気に時代遅れとなり、ニフティサーブのブランド力も急速に色あせていきます

1999年には、日商岩井がニフティの経営から撤退し、ひとつの区切りとなります。ニフティもインターネットの運営が主力事業となり、いつしかパソコン通信は日影の存在になります。少しずついろいろなサービスが終了していき、2007年にはすべてのサービスが終了。パソコン通信は完全に役目を終えました

とはいえ、ニフティサーブが日本のネットワーク文化を発展させたことは明らかであり、インターネット時代の橋渡しをしたと言えます。そのニフティはこれからの時代、どんなサービスを提供していこうとしているのでしょうか。今後の同社の動きに期待したいところです。






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『DAIVA』 ― クレイジーな志の高さは国宝級

ラベル:IT温故知新
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