2011年01月26日

パルクールはCool !!!

ベッキーが出演している眼鏡市場のCMをご存知ですか。


メガネがどれだけフィットしてズレ落ちないかを実証するために、男性が空中でくるくると回っています。「これだけ回ってもこのメガネはズレないですよ」というCMです。

ところで、この男性のようにくるくると空中回転し、都市を駆け巡るパフォーマンスを
「パルクール」と呼ぶそうです。

WIKIによれば、フランス発祥のスポーツで、ヨーロッパには、パフォーマンス集団が結構な数いるそうです。
このCMに出演しているダニエル・イラバカ氏も、イギリスのプロ・パルクールパフォーマーとのこと。
ほかに、パルクールパフォーマーを題材とした作品に、リュック・ベッソンが原案・脚本を担当した「YAMAKASI」という映画もあります。

さらに私が一番紹介したいのが、マドンナの「Jump」(05年)のミュージッククリップです。

舞台はなんと日本。パルクールパフォーマーたちは歌舞伎町や渋谷、横浜などを縦横無尽に飛び回ります。そして、マドンナは新宿のネオン街をイメージしたセットで激しく踊るのです。50歳を超えているとは思えないマドンナの魅力にピッタリの曲とパフォーマンス。ぜひ観てみてください。


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2010年08月28日

U2で考える北アイルランド紛争

U2初期の代表曲「ブラディ・サンデー」
1972年に北アイルランドのデリー起こった「血の日曜日事件」を題材にしています。
これは公民権運動デモ行進中の市民27名が、イギリス陸軍パラシュート連隊に銃撃された事件。
14名死亡、13名負傷。驚くべきことに非武装の市民に発砲して射殺しました



Sunday Bloody Sunday

Yes...

I can't believe the news today    今日のニュース、信じられなかったよ。
Oh, I can't close my eyes    目を閉じて
And make it go away    そんなニュース消してしまうこともできない。


How long...    あとどれぐらいかかるのだろう、
How long must we sing this song    この歌を歌わなければいけないのは。
How long, how long...    あとどれぐらい、どれぐらい・・・
'cause tonight... We can be as one    とういうのも、僕たちは一つになれるんだから。
Tonight...    そう今夜・・・

Broken bottles under children's feet    子どもたちの足下に割れたビンが散乱し、
Bodies strewn across the dead end street    行き止まりの道に放り出された死体の山。
But I won't heed the battle call    でも僕は戦闘の呼び声を静かに聞くつもりは無いよ。
It puts my back up    僕は怒りに満ちているんだ、
Puts my back up against the wall    壁に追いつめられながら。

Sunday, Bloody Sunday    血の日曜日、
Sunday, Bloody Sunday    血で染められた日曜日、
Sunday, Bloody Sunday    血の日曜日。

And the battle's just begun    戦闘は始まったばかり。
There's many lost, but tell me who has won    命を落とした人は沢山いるが、誰が勝者なのか教えてほしい。
The trench is dug within our hearts    塹壕が僕らの心の中に掘られているんだ。
And mothers, children, brothers, sisters    母たち、子どもたち、兄弟姉妹たち、
Torn apart    みんな離れ離れになってしまった。

※※
Sunday, Bloody Sunday    血の日曜日、
Sunday, Bloody Sunday    血で染められた日曜日。

※繰り返し
※※繰り返し

Wipe the tears from your eyes    眼からこぼれる涙を拭うんだ、
Wipe your tears away    涙を拭い去るんだ。
Oh, wipe your tears away    涙を
Oh, wipe your tears away    涙を
(Sunday, Bloody Sunday)
Oh, wipe your blood shot eyes    血走った眼差しも、拭い去るんだよ。
(Sunday, Bloody Sunday)

Sunday, Bloody Sunday (Sunday, Bloody Sunday)    血の日曜日、
Sunday, Bloody Sunday (Sunday, Bloody Sunday)   血で染められた日曜日。

And it's true we are immune    「僕らには関わりの無いこと」ってのは確かにその通り。
When fact is fiction and tv reality    事実がフィクションであり、テレビが現実。
And today the millions cry    そして今、何百万の人が泣いている。
We eat and drink while tomorrow they die    僕たちが食べて飲んでいる間、また明日人々が死んでいく。

(Sunday, Bloody Sunday)

The real battle just begun    本当の戦闘は始まったばかり。
To claim the victory Jesus won    神が勝ち取った勝利を宣言するために
On...

※※繰り返し



イギリスとアイルランドに関する年表
uk.jpg12世紀 イングランドによるアイルランド支配がはじまるも、最初はゆるやかなものだった。

16世紀 イングランドの軍事的占領が強まる。同時期にイングランド国内で宗教改革が起こる(カトリック→プロテスタント化の流れ)。イングランドはアイルランドにも宗教改革を強要し、カトリックは弾圧の対象となってしまう。

17世紀 北アイルランドにはスコットランドとイングランドからの多数のプロテスタントが入植し、アイルランド先住民(カトリック)の土地を奪っていく。

1922年 英愛条約に基づいてアイルランド全島がアイルランド自由国としてイギリスの自治領になる。
しかし、北アイルランド政府はアイルランド自由国からの離脱を決定し、英連合への再編入を希望。カトリック国家のアイルランドへの合流を嫌っての結果。

1920年代以降 IRA(アイルランド共和軍)による北アイルランド政府へのテロ行為が断続的に続く。

1966年 IRAに対抗するためプロテスタント系の非合法の民兵組織「アルスター義勇軍」が組織され、カトリック住民に対するテロ行為を開始。

1960年代末 北アイルランドのカトリック地位改善を求めた「公民権運動」がプロテスタントと衝突。双方暴力の応酬となり英国軍が介入。プロテスタント+英国軍 VS カトリック(+IRA)の争いの構図となる。

1972年 「血の日曜日事件」発生。北アイルランド紛争は頂点に。同年、北アイルランド政府に解決能力がないと見た英国政府は北アイルランドを直轄統治にする。

1983年 U2、「ブラディ・サンデー」を収録した『WAR(闘)』リリース。1000万枚の大ヒットになり、政治問題・社会問題・宗教観などをストレートに表現するというU2のイメージを決定付けた。

1990年代以降 イギリス・アイルランド両国の経済が好転し紛争も沈静化。近年、北アイルランドでもカトリック人口が増加しつつあり、全人口の40%以上を占めるようになっている。

現在の英国政府は、「北アイルランドの帰属は住民の民主的決定に従う」としている。


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よくわかるU2 ― バンド少年から世界の変革者へ
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2010年08月27日

よくわかるU2 ― バンド少年から世界の変革者へ

u2_01.jpg1976年、アイルランドで結成され、世界的なバンドになったU2
今回はさらっとU2(ユートゥー)の入門編をお届けします。

写真はキャリア初期のもの。まだ20代なので当然ながら若いです。
結成35年以上の長寿バンド。海外バンドの中ではかなり珍しいことに、今日まで一回もメンバーチェンジがありません

ボノ(ボーカル、右から2番目)
慈善事業(政治活動、ロビー活動)にも熱心に取り組んでおり、アメリカ大統領やローマ法王まで動かしてしまうすごい人。

ジ・エッジ(ギター、右)
U2の代名詞になっているエフェクターをかけたギター音を自由自在に奏でています。

アダム・クレイトン(ベース、左)
U2以外の活動として、ラリー・マレン・ジュニアといっしょに映画『ミッション・インポッシブル』のテーマソングなどをアレンジしています。

ラリー・マレン・ジュニア(ドラムス、左から2番目)
端正な顔立ちのイケメンで、女性ファンからの人気が高いドラマー。



さて、U2の作風についてですが大きく分けて4期にわかれています。

第一期 初期3部作
1 『ボーイ』(1980年)世界総売り上げ400万枚
U2のデビューアルバム。この作品からすでにアイルランド以外の英米でも注目されました。

2 『アイリッシュ・オクトーバー』(1981年)350万枚
アイルランド出身というルーツや宗教観を色濃く反映した内省的なアルバムです。

3 『WAR(闘)』(1983年)1000万枚
北アイルランド紛争で起きた、1972年の血の日曜日事件の悲劇をテーマにした「ブラディ・サンデー」、ポーランドの「連帯」をイメージした「ニュー・イヤーズ・デイ」などのメッセージソングを収め、
政治問題・社会問題・宗教観などをストレートに表現するというU2のイメージを決定付けました



第二期 中期3部作
4 『焔』(1984年)850万枚
ブライアン・イーノとダニエル・ラノワの師弟コンビにプロデュースを依頼。代表曲のひとつ「プライド」を収録。

5 『ヨシュア・トゥリー』(1987年)2850万枚
世界中で大ヒットしたアルバム。「Where the Streets Have No Name」、「I Still Haven't Found What I'm Looking for」、「With or Without You」など不朽の名作がズラリです。

6 『魂の叫び』(1988年)1450万枚
ドキュメンタリー映画といっしょに作られたアルバム。ビートルズ、、ボブ・ディラン、B.B.キングといった音楽界の先達への敬意を込め曲が収録。音楽のルーツをたどる旅の記録という趣です。



第三期 シンセポップ3部作
7 『アクトン・ベイビー』(1991年)1750万枚
前作で自分たちの音楽のルーツを総括したU2はそこで止まらず、ガンガンにエレクトロ・ビートをかき鳴らして新たな地平を切り開いていきます。その衝撃的な変身ぶりに、昔からのファンは離れるものの、新たなファンの開拓に成功します。そう、私もこの頃からU2を聞いた一人。「ザ・フライ」でジ・エッジが奏でる長いソロは感涙ものです。

8 『ZOOROPA』(1993年)750万枚
前作で開眼したテクノロジー路線の第2弾で、実験的な色合いがさらに濃厚になっています。往年のファンは、本作で決定的に離れたことでしょう。

9 『ポップ』(1997年)700万枚
「ディスコテック」のPVではメンバーがヴィレッジ・ピープルのコスプレをして踊る姿が拝めます。こういうおちゃらけたノリまで披露するとは、U2の“進化”に限界というものがありません。



第四期 原点回帰
10 『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』(2000年)1200万枚
21世紀の到来とともに再び新たな道を行くU2。本作ではシンプルで肯定的な大人のロックを披露。原点回帰といえる作風です。

11 『ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム』(2004年)1000万枚
「ヴァーティゴ」はiPodのテレビCM曲として使われました。このCM、恐ろしいほどカッコよかったです。

12 『ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン』(2009年)350万枚
すべてにおいて「シンプル・イズ・ベスト」といえる作品。ジャケットに使われている水平線の写真からしてシンプル。実はこの写真、日本人写真家の杉本博司の作品。楽曲も落ち着いた素晴らしいものばかり。


u2_02b.jpgそして、現在のU2メンバー(右からジ・エッジ、ボノ、アダム・クレイトン、ラリー・マレン・ジュニア)。高校時代のバンド少年たちが今なお活動を続け、世界に変革を与え続けているなんて、なんという奇跡! こんな年のとり方をしたいと本当に思います。


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2010年08月23日

ユーゴスラビア内戦2 サッカーで考えるユーゴスラビア

ユーゴスラビアは複雑すぎるので、わかりやすい題材としてサッカーの代表チームを元にさかのぼって考えてみます。

★2010南アフリカワールドカップに出場した旧ユーゴのチームは2チーム
@スロベニア・・・1991年 ユーゴスラビアから独立
Aセルビア・・・2006年 セルビア・モンテネグロから平和裏にモンテネグロが独立

2006-2007年 イビチャ・オシム、日本代表監督に就任

★2006ドイツワールドカップに出場したのは2チーム
@セルビア・モンテネグロ・・・2003年 国名を新ユーゴから変更
Aクロアチア・・・1991年 ユーゴスラビアから独立。日本は1次予選で戦い、引き分けました

2003-2006年 イビチャ・オシム ジェフ市原・千葉の監督に就任

★2002日韓ワールドカップに出場したのは2チーム
@クロアチア
Aスロベニア

2001年 マケドニア紛争
1999年 - 2000年 コソボ紛争

★1998フランスワールドカップに出場したのは2チーム
@(新)ユーゴスラビア・・・1992年に「ユーゴスラビア連邦共和国」(新ユーゴ)設立。実態はセルビア・モンテネグロ。ストイコビッチ2度目のワールドカップ
Aクロアチア

1994年-2001年 ストイコビッチ、名古屋グランパスエイトでプレー

★1994アメリカワールドカップ 出場チームなし

1992年-1995年 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争
1991年-1995年 クロアチア紛争
1991年 スロベニア紛争

★1990イタリアワールドカップに出場したのは
@(旧)ユーゴスラビア・・・崩壊直前の「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」。各共和国が独立する気運が高まったのがこのあたりで、翌年から独立ラッシュとなります
旧ユーゴ最後の監督があのイビチャ・オシム。ストイコビッチはこれが初のワールドカップで大活躍

これだけ分離・独立してもそれぞれがワールドカップに出場してくるのですから、どれだけ人材豊富なんだと思います。

考えよ! ――なぜ日本人はリスクを冒さないのか? (角川oneテーマ21 A 114)

考えよ! ――なぜ日本人はリスクを冒さないのか? (角川oneテーマ21 A 114)

  • 作者: イビチャ・オシム
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/04/10
  • メディア: 新書


ラベル:スポーツ
posted by すぱあく at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユーゴスラビア内戦1 映画『アンダーグラウンド』

学生時代、友人に誘われ、何の予備知識もないままに見た映画がユーゴスラビア内戦を描いた『アンダーグラウンド』(1995年)でした。

ユーゴスラビア内戦の最中につくられたこの映画は、当然ながらメッセージ性が強烈です。

内容は重苦しいのですが、はじめから終わりまで流れる金管楽器によるユーゴスラビア音楽がその重苦しさをユーモアで包み込んでくれています。
この音楽はとにかく強烈で、ストーリーはほとんど覚えていませんが、音楽だけは今でもハッキリと耳に残っています。




見終わったときはグッタリしていました。
映画館を出て思いました。「平和な日本に生まれて本当によかった」と。同時にこの映画を見ることができてよかったと思いました。オススメしたい作品です。


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