
思ひわび さても命は あるものを
憂きにたへぬは 涙なりけり
★歌意
(恋人が冷淡であるので、このところ)思い悩んでいるが、それでもまあ、命だけは今までつないでいるのに、つらさに耐えきれないでこぼれるのは涙であることよ。
★解説
「思ひわび」→思い悩んで。恋の歌の常用語。
「さても」→そうであっても。
「憂きに」→つらいことに。
★人物
道因法師(藤原敦頼)(ふじわら の あつより、1090年〜1182年頃)
藤原清孝の子。名門・藤原北家高藤流の出ですが、官位は中流で終わります。かなりの歌マニアだったため、仕事の方はあまり熱心じゃなかったのかも。
82歳で出家していますが、歌への執着は全然捨てきれず、主要な歌会には必ず参加していました。さらに歌神として信仰されていた大坂の住吉大社(写真右)までわざわざ徒歩で毎月参詣し、「私にどうぞ秀歌を詠ませてください」とお祈りしていたといいます。
歌会の主催者も、「また来たよ、この坊さん」と思っていたに違いありません。
経歴
?歳:<従五位上>、右馬助 82歳:出家
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「ほととぎす」→夜の明け方に鳴く夏の鳥。古来、朝早くに聞くのが風流でした。
源顕仲の娘。鳥羽天皇の中宮・待賢門院藤原璋子に出仕し、堀川という女房名で呼ばれるようになりました。

「淡路島かよふ千鳥」→淡路島から渡ってくる千鳥。千鳥は冬季に海や川のほとりにいる鳥。