2013年11月20日

百人一首82 道因法師

douin.jpg
思ひわび さても命は あるものを
 憂きにたへぬは 涙なりけり

★歌意
(恋人が冷淡であるので、このところ)思い悩んでいるが、それでもまあ、命だけは今までつないでいるのに、つらさに耐えきれないでこぼれるのは涙であることよ。


★解説
「思ひわび」→思い悩んで。恋の歌の常用語。
「さても」→そうであっても。
「憂きに」→つらいことに。


★人物
道因法師(藤原敦頼)(ふじわら の あつより、1090年〜1182年頃)
藤原清孝の子。名門・藤原北家高藤流の出ですが、官位は中流で終わります。かなりの歌マニアだったため、仕事の方はあまり熱心じゃなかったのかも。

Sumiyoshi-taisya.jpg82歳で出家していますが、歌への執着は全然捨てきれず、主要な歌会には必ず参加していました。さらに歌神として信仰されていた大坂の
住吉大社(写真右)までわざわざ徒歩で毎月参詣し、「私にどうぞ秀歌を詠ませてください」とお祈りしていたといいます。
歌会の主催者も、「また来たよ、この坊さん」と思っていたに違いありません。

経歴
?歳:<従五位上>、右馬助 82歳:出家


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2013年11月19日

百人一首81 後徳大寺左大臣

tokudaiji.jpg
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば
 ただ有明の 月ぞ残れる

★歌意
(待ちに待った一声を耳にし、)ほととぎすの今鳴いた方角の空を眺めていると、(ほととぎすの姿はすでになくて)明け方の月だけが残っていることだ。


★解説
hototogisu.jpg「ほととぎす」→夜の明け方に鳴く夏の鳥。古来、朝早くに聞くのが風流でした。
「有明の月」→夜明けの空に残っている月
 →30番31番



★人物
後徳大寺左大臣(徳大寺実定)(とくだいじ さねさだ、1139年〜1192年)
右大臣・徳大寺公能の長男。祖父・徳大寺実能も左大臣だったため、「“後”徳大寺左大臣」と呼ばれました。詩歌管絃に優れ、教養豊かな文化人でした。

経歴
公卿後
17歳:<従三位> 25歳:権大納言 26歳:(辞)権大納言、<正二位> 38歳:大納言、(兼)左近衛大将
44歳:内大臣 47歳:右大臣 50歳:左大臣 53歳:出家、死去。


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2013年11月17日

百人一首80 待賢門院堀河

horikawa.jpg
長からむ 心も知らず 黒髪の
 みだれて今朝は ものをこそ思へ

★歌意
末永く変わることなく愛して下さるかどうか、あなたのお心のほどもわかりませんので、(昨夜の寝乱れた)黒髪のように私の心も乱れて、今朝は物思いをすることです。


★解説
「長からむ心」→末長く女性を忘れまいという男性の心。
「知らず」→当てにできない、期待できない。
「黒髪の乱れて」→黒髪の乱れのように、心も乱れての意。とても官能的な表現です。
「物をこそ思へ」→「思へ」は命令形ではありません。昔、学校で習った係り結びの法則です。「こそ」という係助詞が入ったため、文末は已然形の「思へ」に変化するという法則です。たしかに、やりましたね〜、そんなの。


★人物
待賢門院堀河(たいけんもんいん の ほりかわ、生没年不詳)
horikawa.png源顕仲の娘。鳥羽天皇の中宮・待賢門院藤原璋子に出仕し、堀川という女房名で呼ばれるようになりました。
NHK大河ドラマ『平清盛』(2012年)では、りょうが演じました。優れた歌人で、歌を通じて知り合った佐藤義清(後の西行法師、演:藤木直人)と恋愛関係になります。史実でも西行とは交流があり、それがドラマにも取り入れられたようです。主人の璋子(演:檀れい)が宮中を追われると共に出家しました。


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2013年11月16日

百人一首79 左京大夫顕輔

akisuke.jpg
秋風に たなびく雲の 絶えまより
 もれ出づる月の 影のさやけさ

★歌意
秋風が吹いて、たなびいている雲の切れ目から、もれ出てくる月の光は、なんと明るく澄みきっていることよ。


★解説
「秋風に」→「に」は<〜によって>の意の理由を表す格助詞。
「たなびく」→横に長く引いている意。
「絶え間」→切れ間のこと。
「月の影」→月の光のこと。
「さやけさ」→明るく澄み切っていること。


★人物
左京大夫顕輔(藤原顕輔)(ふじわら の あきすけ、1090年〜1155年)
藤原顕季の三男。藤原清輔(84番)の父。1144年(54歳)に崇徳院(77番)から受けた命によって、勅撰集を編さん。1151年(61歳)に『詞花和歌集』を完成させました。

経歴
公卿前
10歳:白河上皇の院判官代。 以後、加賀守や中務権大輔を歴任。 28歳:<正四位下> 40歳:中宮亮
公卿後 
47歳:<従三位> 49歳:左京大夫。 58歳:<正三位> 66歳:死去。


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2013年11月15日

百人一首78 源兼昌

kanemasa.jpg
淡路島 かよふ千鳥の なく声に
 幾夜寝ざめぬ 須磨の関守

★歌意
淡路島から渡ってくる千鳥のあわれな鳴き声に、幾夜、目を覚ましてしまったことか。須磨の関守は。


★解説
chidori.jpg「淡路島かよふ千鳥」→淡路島から渡ってくる千鳥。千鳥は冬季に海や川のほとりにいる鳥。
「須磨の関守」→「須磨」は神戸市須磨区のあたり。都から遠く離れた“寂しい地”を想起させる場所。かつては関所がありました。今もある関守稲荷神社は、この歌が由来となって名付けられた神社です。


★人物
源兼昌(みなもと の かねまさ、生没年不詳)
美濃介・源俊輔の子。官位には恵まれず、<従五位下>皇后宮少進が最後。その後、出家します。それでも、歌人としては著名だったようです。


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2013年11月14日

百人一首77 崇徳院

sutokuin.jpg
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
 われても末に あはむとぞ思ふ

★歌意
川の瀬の流れが速いので、岩にせき止められる急流が、二つに分かれても結局はまた一つに合流するように、私とあなたとの仲が人に妨害されて、たとえ別れることがあっても、後にはまた必ず一緒になろうと思うことだ。


★解説
「瀬をはやみ」→「瀬」は川が浅くて流れが急な所。浅瀬。
「岩にせかるる」→岩にせき止められる。
「滝川の」→急流のことで、必ずしも滝とは限らない。
「われても末に」→「われ」は「水が割れる」と「仲がわれる」の掛詞。
「あはむとぞ思ふ」→水の流れが「合う」と二人が「逢う」の掛詞。


★人物
崇徳院(崇徳天皇)(すとく てんのう、1119年〜1164年)
NHK大河ドラマ『平清盛』(2012年)では、井浦新(旧:ARATA)が演じました。なお、彼自身さらには彼を取り巻く人々は「誰々の落胤」という設定が多いですが、ここでは省略します。

鳥羽天皇(演:三上博史)の第一皇子。1123年、白河法皇(演:伊東四朗)によってわずか5歳で即位させられ、鳥羽天皇は退位。その後、白河法皇が亡くなると、鳥羽上皇が院政を開始。崇徳天皇の立場は不安定なものになっていきます。そして、鳥羽上皇が近衛天皇を2歳で即位させたため、天皇の座から追われます。

1155年、近衛天皇が17歳の若さで病死。次の天皇候補として、崇徳上皇の子の重仁親王が有力視されますが、信西(演:阿部サダヲ)の進言によって後白河天皇(演:松田翔太)が即位。崇徳上皇はまた表舞台に返り咲くチャンスを失います。

不満を募らせた崇徳上皇は、近衛天皇を呪詛した疑いを掛けられて失脚した藤原頼長(演:山本耕史)と手を組み、源為義(演:小日向文世)・平忠正(演:豊原功補)らの武士を集めて保元の乱(1156年)を起こします。しかし後白河天皇側の夜襲に遭いわずか一日で惨敗。

崇徳上皇は罪人として讃岐国へ流罪させられ、失意の内に46歳で死去。こうした悲運から、後世では「死後も怨霊となった」という創作が大量に作られました。


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