2016年01月14日

ニフティが創業30周年

nifty-serve.jpg2月にプロバイダの老舗であるニフティ(外部リンク)が創業30周年を迎えます。インターネットが一般的になる以前から「パソコン通信」の文化を作ってきた同社。多くのプロバイダが設立しては消滅してきた中で、30周年を迎えたことは「奇跡」といえます。同社の歩みを振り返ってみます。


●日商岩井と富士通の折半出資で設立
1986年2月4日に「エヌ・アイ・エフ」(NIF)として設立。社名のエヌ・アイは総合商社である日商岩井のこと。エフは富士通のことを指し、両社50%ずつの出資で設立されました。社名は後にNIFからNIFTY(ニフティ)に改名されます。

当時では富士通のような総合電機メーカーと、日商岩井のような総合商社が合弁会社を設立してサービス展開するというのは珍しいことでした。それだけ新しいサービスに賭ける意気込みがあったのでしょう。技術面を富士通が、営業面を日商岩井がフォローする形でサービスを展開。そして1987年、パソコン通信「ニフティサーブ」をスタートさせました。


●そもそも「パソコン通信」とは何か?
パソコン通信の草分けは、アメリカのCompuServeでした。ニフティサーブは設立当初、このCompuServeのライセンスを購入して日本展開していました。

パソコン通信は、あらゆる端末とつながる現在のインターネットとは異なり、ニフティのようなサービス会社が用意したサーバーにアクセスし、そのサーバー内に限定して交流する仕組みです。しかも、当時では写真・画像などを送れるほど大容量の通信回線も存在していません。交流はもっぱらテキストだけでした。今の感覚で考えると原始的に感じてしまうでしょうが、当時としてはかなり画期的だったのです。

そもそも、当時のIT環境を想像してみてください。まだ携帯電話も電子メールが存在せず、固定電話しかない時代です。こうした時代でもパソコン通信を利用すれば、北海道の人と沖縄の人同士、さらには海外に住んでいる人同士でも、距離を飛び越えて交流できたのです

ニフティサーブでは交流する話題によって「フォーラム」が形成され、作家やアーティストが初期から参加していました。まさに「未来」を感じさせるサービスの登場であり、これが後のインターネットにつながっていくわけです。

またホビー以外の実用性を重視したサービス(有料データベース等)を行っていたため、法人会員が多かったのも特徴のひとつです。こうした理由からニフティはとてもマジメな、ときには堅苦しいと評されるイメージがありました。ただ結果的にはこのことが、流行に左右されず、現在まで存続できた理由かもしれません。


●インターネットの登場で、パソコン通信が役目を終える
ニフティサーブはサービス開始から、少しずつ知名度を上げ会員も増加していきました。1995年、Windows95が登場しパソコンブームが到来したときには、会員数は100万人を突破し、国内最大のパソコン通信サービスとなります。

しかし、1995年当時、すでにインターネットも普及しつつありました。インターネットはテキストだけでなく、画像や様々なメディアを混在して表示できる画期的なもの。テキストだけのパソコン通信は、イッ気に時代遅れとなり、ニフティサーブのブランド力も急速に色あせていきます

1999年には、日商岩井がニフティの経営から撤退し、ひとつの区切りとなります。ニフティもインターネットの運営が主力事業となり、いつしかパソコン通信は日影の存在になります。少しずついろいろなサービスが終了していき、2007年にはすべてのサービスが終了。パソコン通信は完全に役目を終えました

とはいえ、ニフティサーブが日本のネットワーク文化を発展させたことは明らかであり、インターネット時代の橋渡しをしたと言えます。そのニフティはこれからの時代、どんなサービスを提供していこうとしているのでしょうか。今後の同社の動きに期待したいところです。






★関連記事
企業・大学別記事一覧
懐かしのモデム音
『DAIVA』 ― クレイジーな志の高さは国宝級

ラベル:IT温故知新
posted by すぱあく at 04:00| 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする