「始皇帝と大兵馬俑」(東京国立博物館 平成館、公式サイト)。2月21日までです。
『キングダム』の影響でしょうか、若い女性やいろんな年齢層の方がいらっしゃいました。私が学生だった頃、中国史関係の展覧会に足を運ぶのはマニアだけだったのに・・・。時代変わりましたね〜♪
世界遺産にもなっている西安の「兵馬俑坑」(wiki)は、もはや説明不要だと思います。むしろ、今回の特別展は、最新の研究結果に基づいて開催している点に注目です。
これまで私たちは歴史の授業などで、「秦の始皇帝は、その力を後世に誇示するために、このような大規模なものを作った」みたいな説明を受けていました。
もちろんそれも事実でしょうが、最新の研究ではどうもそれ以上の考えがあったのではないかとしています。
兵馬俑から少し離れたところに、始皇帝の陵墓「始皇帝陵」があります。発掘調査によれば、その陵墓の周りには宮殿がそっくり作られていたそうです。誰も使うことがないのに政務ができる宮殿や、眠るための寝殿などが墓に入る始皇帝のためにわざわざ作られたというわけです。
加えて文官の俑や、始皇帝が統一した各地を巡行するときに使った馬車を模した「銅車馬」などが発掘されました。この銅車馬は、発掘されたときはボロボロだったのですが、その後の復元作業で当時の姿になっています。
サイズは実寸の1/2ですが、作りは本物とまったく同じ。真近で見ることができるので、その精巧さに燃えてください。
まとめますと、
軍隊を模したものが、兵馬俑に作られた。
官僚機構を模したものが、始皇帝陵に作られた。
では、なぜ秦の始皇帝はこんなものを作らせ、残そうと思った?
最新の研究では、中国統一を成し遂げたその偉業を見せつけるためであることはもちろん、
加えて、統一国家を作り上げるためのノウハウ集でもあったのではないかと考えられています。
なにせ、中国統一を実現したのは始皇帝が初めて。それまで国によってバラバラだった単語や度量衡、単位を統一させたわけです。ノウハウを残しておけば、後世の人が苦労しなくてすむみたいなことを考えていたのかもしれません。
ただ一番の理由は、
自分が作り上げた統一国家を死んでからも満喫したい。
そのために、現実そっくりの都を陵墓の周辺に作ったというわけです。これが一番説得力ありますな。
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