2015年06月07日

パレスチナとイスラエルの往復描写に価値がある『10年後、ともに会いに』

10nengo.jpg友人に薦められた本を読了したので、ご紹介します。寺井暁子『10年後、ともに会いに』。ジャンルは旅行記。しかも、著者の寺井さんが、女性たった一人でほぼ世界中を周っています。こう聞くと、さぞかしパワフルな女性なんだろうと思ってしまいますが、そうではありません。敏感な感性を持っていることは間違いありませんが、基本は「普通の女性」です。

では、どうしてそんなムチャクチャな旅をできたかというと、彼女には大きな目的があったのです。世界中に散らばっている高校時代の友人に会いにいくという目的が


ユナイテッドワールドカレッジを修了
一般的な日本人の感覚からすると、「世界中に同級生が散らばっている」という状況は普通ではありません。それは著者が「ユナイテッドワールドカレッジ」(wiki)を修了したからです。これは世界約80ヶ国の高校生を対象にしたプログラムで、試験に合格すれば奨学金が出て、2年間留学できるのです。プログラム校は世界12ヶ国にあり、著者はアメリカ・ニューメキシコ州の学校に通いました。

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ノルウェー、ボリビア、イスラエル、シンガポールなど、世界80ヶ国からやってきた同級生たちと、共通言語である英語を使って交流する。あまりに異質な世界ですが、柔軟な若者同士なら国境や言語を越えて、いともあっさりと交流できるのかもしれません。


27歳、女一人旅を決行!
そんなエキサイティングな青春時代を過ごした著者も社会人になり、東京で働いていました。詳しい描写はありませんが、社会人として行き詰っていたようです。どんな人でも、働いて3年過ぎた頃には悩みが出てきます。まして、著者は広い世界を知ってしまった人。「日本社会の常識」が、著者を苦しめていたかもしれません。そして何度も迷った末、仕事を辞めて、世界中に散らばっている同級生に会いにいく旅に出ます。しかも、女一人旅。それでも行かなければ、停滞する自分から脱却できない危機感があったのだと思います。

第一部は、ヨーロッパ・北米編。読んでいると、とてもオシャレな雰囲気が漂ってきます。ウィーン、ボストン、ロンドン、ダブリン、パリ、ミラノ、ベルリンなどに住んでいる同級生を訪ねる著者。しかも、同級生たちは国連職員だったり、起業したり、大学院生だったりと、世界的なエリートがどっさり。浮世離れしていて、感情移入できない読者も多いかも。


パレスチナとイスラエルを何度も往復!
感情移入できない状態のまま、第二部でさらに追い打ちをかけます。なんと、イスラエルに行くのです。同級生の中にはユダヤ系も多くいて、その中にはイスラエルで生活している人もいるんですね。

israel.jpgしかも、凄いことにパレスチナにも行って現地の人たちと交流しちゃいます。とはいっても彼女は決して、困難をものともしないスーパーウーマンなわけではありません。「友達に会いに行こうとしている普通の女性」なんです。だから、ビクビクしながらバスに乗ったり、検問を通る様子が伝わってきます。加えて、イスラム教やユダヤ教の専門家でもありません。なぜこの地で紛争が起こり、今も解決していないのか、その当たりの知識も一般的な日本人と同じです。だから、逆に感情移入できると思います。


この第二部に書かれている内容は、本当に価値があります。そこに行かなければ知りえないことがたくさん載っているからです。


・イスラエルからパレスチナには簡単に行けるのに、その逆は凄まじく厳しいチェックがある。
・ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒がいっしょになってクリスマスを祝うシーンがある。
・アラブ語を勉強するユダヤ人もおり、平和を願う人たちも少なからずいる。
・エルサレムはいかにもな宗教都市。一方、テルアビブは一大観光都市。 etc...


本書は普通の本屋やAmazonでは売っていない
第三部も凄く、2011年に発生したエジプト革命に居合わせています。ぜひ手に取って読んでみてください。さて、ここまでレビューを書いておいてなんですが、本書は普通の本屋やAmazonでは売っていません。東京都国分寺市にあるクルミド出版が独自に作った本だからです。購入されたい方は、公式サイトにてどうぞ

このクルミド出版は、クルミドコーヒーというカフェが手掛けています。スターバックスのような大資本ではなく、普通のカフェが書籍を作っているのです。なんだか、吉田松陰や新島襄のような志の高さを感じます。


西国図書室でも借りられるよ!
nishikoku.jpg本書は西国図書室(にしこく としょしつ)でも借りられます。えっ?西国図書室って何かって?まったくの個人がやっている私設図書室です。自宅の一室を日曜日だけ開放しているんですよ。こちらの館長さんが私の高校時代の友人で、本書を貸してくれた人です。彼のように、自宅の一部を町の人に開放する取り組みは「住み開き」といって、各地で行っている人が増えています。西国図書室も新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどでずいぶん紹介されています。

お気に入りの本があったら、ここに預けておくと町の人が借りていってくれます。つまり、「本が旅に出る」わけですね。借りた人は、本に付いている「旅の記録」に感想を書くという仕組み。本を通して、見知らぬ人とつながる感覚を持つことができます。う〜ん素敵ですね。ちなみに私も金庸の『射雕英雄伝』を置いてきました!面白いのに日本での知名度が低すぎるので、ぜひ読んでくださいね〜。


“本の良心”として必要な存在
クルミド出版も西国図書室も、個人ができる範囲で行っているものです。こうした人たちは、“本の良心”として必要な存在だと思います

私は出版社で修業し、取材・編集から書店&取次営業まで、本の制作に関わることはほとんど体験しました。なので、出版業界が抱えている病気を目の当たりにしています。すでに大手でさえ業績が悪化しており、「売れれば何でもいい」という末期的なところまで来ているのです。

書店に行ってみればわかります。嫌韓・嫌中本がズラリ。売れるから止められないそうですよ。あとは無難なダイエット本とか、頭が良くなる本とか、大切なことはすべて○○から教わった本とかですかね。とくに最近は猫も杓子も「ピケティ本」。1年後にはあのほとんどがブックオフに並んでいるんだろうな〜。

商業出版に“本の良心”が薄れてしまっている現状であれば、灯を消さないように努力している人たちの存在は際立ちます。どうぞ、そうした人たちの活動にも注目してみてください。


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posted by すぱあく at 10:15 | TrackBack(0) | 中東 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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