彼は「現代の山田風太郎」といえる存在で、人間離れした忍者同士のハイパーバトルなどに山田風太郎作品の影響が見えます。ただ、荒山徹には荒山徹にしかない特徴と強みがあります。
それは韓国・朝鮮に造詣が深いということです。
荒山徹は元は新聞記者でしたが、80年代に起こった在日コリアンたちの指紋押捺拒否運動(wikipedia)などをキッカケに韓国に興味を持ち、そのまま韓国に留学します。
こうして身に付けた韓国の歴史や文化の知識を、山田風太郎テイストの時代劇に織り交ぜ、さらに著者のさまざまな趣味(宝塚歌劇、韓流ドラマ、特撮、怪獣など)をごった煮させています。これはもう「荒山徹」という新ジャンルといっていいでしょう。
荒山徹作品の魅力を整理しますと
1 ジャンルは基本的に時代劇・歴史小説ですが、忍者、陰陽師、柳生一族、朝鮮妖術師たちによる荒唐無稽なハイパーバトルが繰り広げられるので、「伝奇小説」に分類されています。
2 ほとんどの作品に「朝鮮」が出てきます。朝鮮と日本の関係が深かった時代といえば、やはり豊臣秀吉の朝鮮出兵の前後になりますので、このあたりの時代を舞台にした作品が多いです。
3 登場人物の名前には作者の趣味が反映されたものが多く、ガッチャマン、宝塚歌劇、韓流ドラマ、モスラなどをもじった人物たちが登場します。元ネタがわかる人はきっとニヤリとするでしょう。
4 日本と朝鮮半島との間には複雑な歴史問題がどうしても存在します。しかし、こうしたゴチャゴチャした問題すらユーモアでつつんで昇華させています。日韓双方の歴史と文化を深く理解しているからできる芸当だと思います。
さて、最初に読むなら『徳川家康(トクチョン カガン)』がオススメ。「トクチョン カガン」とは、「徳川家康」の朝鮮語読み。これまでの家康本とは一風違うことがタイトルからもわかります。ネタバレもありますが、ストーリーを紹介します。
主人公は、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役、1592年〜1598年)によって捕虜となった朝鮮人の元信(ウォンシン)。
彼は秀吉軍に捕らわれ、海を渡って日本に連行されます。そして連れていかれたのは、徳川家康の陣でした。ウォンシンの顔が、あまりに家康にそっくりだったからです。顔を見合せてお互いビックリする家康とウォンシン。まるで鏡を見ているかのようでした。そこで、家康から自分の「影武者」になるようにいわれます。
ここで物語は、隆慶一郎 『影武者徳川家康』にうまくつながっていきます。
家康とウォンシンの二人は容貌が瓜二つということから、強固な信頼感で結ばれていきます。しかし、関ヶ原の戦いの最中。家康は寿命が尽きて死んでしまいます。
死を知ったのは息子の徳川秀忠のみでした。陣中で死去したため、他の家臣には知られずに済んだのでした。
「殿の死が知れたら軍の動揺は相当なものになるだろう」と考えた秀忠は、なんとウォンシンを家康に仕立て上げて戦を継続させます。優勢に運んでいた関ヶ原の戦いを途中で止めるわけにはいかなかったのです。そしてウォンシンは、まるで家康が乗り移ったかのような振る舞いを見せ、見事に勝利を収めます。
その後、秀忠の指示で家康として振る舞い、江戸幕府を開くウォンシン。
しかし、ふつふつと復讐の念が湧き上がってきます。誰にって? 豊臣秀吉に対してです。
そもそもウォンシンが日本に連行されてきたのは、秀吉が朝鮮に出兵してきたからです。同胞もたくさん殺されました。
私たち日本人はほとんど知りませんが、豊臣秀吉の軍隊は朝鮮で相当にひどい暴れ方をしたようです。
戦功の証として、討ち取った朝鮮・明国兵の耳や鼻をそいで日本に持ち帰ったそうですから。
京都市東山区には、その耳や鼻を弔った「耳塚」(写真右)が残っています。
しかし、復讐したくても、もう豊臣秀吉はこの世にいません。
なのでウォンシンは、その憎しみを残った豊臣家、つまり秀頼と淀君に向けます。
そして、あの「大阪夏・冬の陣」を起こすのです。これが大まかなストーリーです。とにかく読んでみてください。おもしろいので。
「徳川家康」はあまりにメジャーな人物のため、ネタは出尽くした感がありました。
しかし、荒山徹はこれに“朝鮮”というスパイスを加えて新しいジャンルを創り出したのです。
彼の作品は朝鮮半島・中国・日本を含むアジア史全体を見直すキッカケにもなります。
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