
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
ふりゆくものは わが身なりけり
★歌意
(ふりゆくとは言うものの)桜の花を誘って吹き散らす山風が吹く庭の、降りゆく花の雪ではなくて、(本当にふりゆく、すなわち)老いてゆくものは、私自身であることよ。
★解説
「ふりゆく」→「(桜の花が雪のように)振りゆく」と「自分が旧りゆく」の掛詞。
「わが身なりけり」→自分の老いに気付いた嘆き。宮廷の頂点に登り詰め、華やかな人生だった筆者でも老いからは逃れられない現実が際立っている。
★人物
入道前太政大臣(西園寺公経)(さいおんじ きんつね、1171年〜1244年)
藤原北家から分派した西園寺家の実質的な祖。藤原実宗の子。源頼朝の妹婿・一条能保の娘を妻にしていたため、鎌倉幕府とは親しくしていました。承久の乱(1221年)の際には後鳥羽上皇(99番)によって幽閉されますが、事前に乱の情報を幕府に知らせ幕府の勝利に貢献しました。
乱後は、幕府との結びつきをさらに強めて順調に昇進し、朝廷の実権を握りました。
経歴
公卿前
8歳:<従五位上> 10歳:侍従 12歳:<正五位下> 14歳:越前権介、左少将 15歳:備前介
16歳:<従四位下> 18歳:讃岐権介 19歳:<正四位下> 22歳:左中将 25歳:蔵人頭
公卿後
27歳:<従三位>、参議 29歳:(兼)越前権守 30歳:<正三位> 31歳:権中納言 32歳:<従二位>、右衛門督、左衛門督、 35歳:中納言 36歳:<正二位>、権大納言 40歳:(兼)春宮大夫 47歳:大納言 51歳:内大臣→太政大臣 52歳:<従一位>、(辞)太政大臣
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