
きりぎりす なくや霜夜の さむしろに
衣かたしき ひとりかも寝む
★歌意
こおろぎが寂しく鳴いている、この霜のおりた夜の寒々としたむしろに、(私は着物を着たままで)着物の片袖を敷いて、ひとり寂しく寝るのであろうかなぁ。
★解説
「きりぎりす」→今の“こおろぎ”のことなので注意。
「さむしろに」→わらなどで編んだ粗末な敷物。「寒し」との掛詞。
「衣かたしき」→着物の片袖を敷いての意。
「ひとりかも寝む」→「か・・・む」の係り結び。ひとり寝の寂しさがこれでもかと表現されている。
★人物
後京極摂政前太政大臣(九条良経)(くじょう よしつね、1169年〜1206年)
摂政関白・九条兼実の子。九条家は藤原北家から派生した五摂家のひとつ。26歳で内大臣になるなど順調に出世を重ねましたが、1196年に反兼実派によって父とともに朝廷から追放されてしまいます(建久七年の政変)。
その4年後に左大臣として政界復帰を果たし、その後は摂政、太政大臣と官職のトップに昇り詰めます。ところが、38歳の若さで死去してしまいます。良経は和歌や書道、漢詩にも優れた教養人で、とくに書道は天才的な腕前でした。
経歴
公卿前
10歳:元服、<従五位上>、侍従 11歳:<正五位下>、(続)侍従 13歳:右近衛少将→左近衛中将
14歳:<従四位下>、(続)左近衛中将 16歳:<正四位下>、(続)左近衛中将
公卿後
16歳:<従三位>、(兼)播磨権守 18歳:<正三位>→<従二位>、(続)左近衛中将、(続)播磨権守
19歳:<正二位>、(続)左近衛中将 20歳:権中納言→権大納言、(続)左近衛中将
21歳:(兼)左近衛大将、(兼)中宮大夫 26歳:内大臣、(続)左近衛大将 29歳:(辞)左近衛大将
30歳:左大臣 34歳:内覧、(続)左大臣、摂政 35歳:<従一位>、(続)摂政、(辞)左大臣
35歳:太政大臣、(続)摂政 36歳:(辞)太政大臣 38歳:死去
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