「事実は小説よりも奇なり」といいますが、平凡な日常には小説や映画以上に不可解で意味不明なことがあるものです。今回はそんなお話です。
時代は1988年、私が小学6年の頃のお話。
当時流行っていたものといえば、光GENJI、ビックリマンシール、ラジコン、ミニ四駆などなど。
映画で流行っていたのは、ジャッキー・チェン(成龍)のカンフー映画でした。ジャッキー映画の翌日のクラスといったら、カンフーごっこに興じる男子でいっぱいでした。
もうひとつ流行っていたのが、ホラー映画でした。80年代のホラー映画といえば、
アメリカ映画のゾンビ、ジェイソン、ポルターガイストなど。それと香港・台湾映画のキョンシーでした。
そして、当時『バタリアン2』
クラスの友達6人ぐらいで「大宮までバタリアン見に行こうぜ!!」という話になったんですね。
『バタリアン』シリーズは一応ホラー映画ですが、コメディ要素が強いためホラーが苦手な人でも見ることができるものでした。また、大宮というのは旧大宮市(現さいたま市)のことで、埼玉県東部に住んでいた私たちにとっては一番の大都市で、映画館やボーリング場など、当時の小学生にとってはワクワクするものがたくさんあったのです。
そして、大宮の映画館で『バタリアン2』を見たわけですよ。この映画も期待を裏切らないお約束映画でして・・・
米軍は死体をゾンビとして蘇生させるガスの開発に成功していました。
そして、そのガスが入ったドラム缶を運搬中にはずみで何個か落っことしちゃいます。ドラム缶からはガスが漏れて、
墓場の死体はゾンビの大群となり、さぁ町は大変なことに・・・ってなストーリーです。
「そんな物騒なもんを、よくもまぁ簡単に落っことすもんだな」
「何でこの少年たちは、わざわざ夜に墓場に行くんだ?」
「後ろ振り返るとゾンビがいるってパターンか、あぁやっぱりいたか」
と子供でも突っ込んでしまうほどのホラー映画ですが、しっかり堪能しました。
目的の映画を楽しんだので帰ろうとしたら、何か同時上映があるらしいじゃないですか。友達と話し合い、せっかくだから見て帰ろうということになりました。
そして、はじまった映画が『ドン松五郎の大冒険』
人間の言葉がわかる犬・ドン松五郎を中心に展開する涙あり、笑いありのヒューマン映画です。
内容はほとんど覚えていませんが、いい映画だった気がします。うん、いい映画ですよ。
ただね・・・。ゾンビ映画の次に持ってきますか?
私たち小学6年のガキんちょたちは、ずっと思考停止でした。
だって、さっきまでゾンビたちが人間や動物の脳みそをムシャムシャ食べている
映像を見ていたんですよ。
その後に、犬を見ても「わぁ可愛い、癒されるぅ」とはならないんですよ。
むしろ、微妙な罪悪感のようなものが芽生えてくるわけです。その感情は私だけではなかったようで、
帰りの道中、友人たちはみんな複雑な表情をしていました。
時は流れて、大人になった今、この珍現象を分析することはさほど難しくありません。
地方の映画館の経営は、すでに80年代から難しくなっていたのです。
とくに「邦画は駄作が多い」というイメージが強かった時代のため、『ドン松五郎の大冒険』は不入りを予想されたのでしょう。そこで、人気のハリウッド映画と抱き合わせの同時上映を行うことで、客入りを増やそうと考えたのだと思います。
・・・にしても、同時上映の組み合わせがムチャクチャでしょうよ。
「日本映画産業統計」によれば、シネマコンプレックスを除く通常映画館の数は、1988年には約2000館ありましたが、2011年ではわずか565館にまで激減しています。
事実、大宮の映画館も小手先の努力は実らず(まぁ当然ですが・・・)、すでに閉館しています。
今では、イオンモールのようにシネマコンプレックスをも含む超巨大商業施設が登場しているため、地方の映画館の不振はさらに拍車をかけていることでしょう。
当時、子供心に感じたものです。
「本当に怖いのはホラー映画ではなく、大人の事情の方だな」と。
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