
明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家です。
なかでも『外科室』

この小説はまるで推理小説のような展開をします。
主人公たちには秘められた想いがあり、読者は読み進めていくうちに、
その全体像に気付くという仕掛けです。
一風変わった文学作品としてオススメです。
とはいうものの、文語体で書かれているため、
すんなりストーリーが頭に入ってきません。
私も2度ほど読みましたが意味がわからず、
ネットでいろんな人たちのレビューを読んで、ようやく理解しました。
理解できた後に考え直してみると、現実的にはあり得ないストーリーですが、だからこそロマンチックなのかもしれません。
以下はネタバレを含むストーリー紹介です。
ある大病院に勤務する優秀な外科医・高峰。彼が主人公の一人です。
そこに病に倒れた貴船伯爵夫人が運ばれてきます。この夫人がもう一人の主人公です。
高峰は、貴船伯爵夫人の執刀医として外科室に入ります。
さあ、手術を始めるぞ。人体にメスを入れるから当然麻酔をしないとな、と思いきや。
なんと、麻酔を拒否する伯爵夫人。夫である伯爵もビックリします。
「麻酔しなきゃ、死んじゃうだろうよ」と言います。当たり前ですね。
しかし、かたくなに拒否する夫人。麻酔により胸に秘めた秘密を告白してしまうというのです。
「いいえ、このくらい思っていれば、きっと謂いますに違いありません」。
一体、夫人が持つ秘密とはなんでしょうか?

9年前、夫人は都内を見物していたとき、当時は医学生だった高峰を「見た」のです。
そして、一目惚れしていたのです。
しかし、彼らが会ったのはその一瞬だけで、言葉すら交わしていません。
その後、上流階級の習いによって結婚したものの、片時も高峰のことを忘れられなかったのです。
そして、9年後になんと外科室で二人は会うわけです。
夫人にしてみたら、「まぁ、あのときの方だわ!!」と大いに驚いたでしょう。

高峰も夫人に一目惚れしていたのです。
「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ」。
この世ならぬ絶世の美女を知ってしまったため、
高峰は他のどの婦女子にも恋することができませんでした。
以後、高峰はずっと独身を通しました。
そして、舞台は外科室。
高峰には夫人の秘密がすぐに解りました。
言葉すら交わさなかった二人でしたが、相思相愛だったのです。
だからこそ、夫人の望み通りに、麻酔なしでの手術を決行します。
そんなことをやったら当然死にます。しかし、夫人にとって高峰の手で死ねるのは本懐でしだ。
だから、痛みに我慢できなくなったとき自らの胸を高峰の持つメスで突いたのです。
しかし、夫人には唯一心残りがありました。
「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
すると、高峰は即答します。
「忘れません」
この言葉だけで、二人にとってはもう十分でした。
この世では一緒になれなかったけど、あの世で一緒になろうということです。
高峰も、その日のうちに命を絶ちます。
外科室は、まさに壮絶を極めていたでしょう。
麻酔をしないために絶叫しながら、血まみれで死んでいった夫人。
目の前の出来事がどうして起こっているのか、訳がわからない看護師や家族の皆さん。
二人が実際に会って密会していたならともかく、
一目会っただけで、こんなことになるだろうか。現実では、あり得ません。
しかし、あり得ない理想の愛こそが文学の普遍的テーマなのかもしれません。
さて、上記の写真は1992年の映画版『外科室』

監督は、歌舞伎役者で2012年に人間国宝に選ばれた坂東玉三郎。本作は、彼の初監督作品です。
貴船伯爵夫人役は吉永小百合。高峰役は加藤雅也が演じました。
当時は「上映時間50分・入場料1000円」という興行方式が話題になりました。
内容は、泉鏡花の原作を忠実に表現していると感じました。
ですから、映像美・様式美はなかなかのものです。
しかし、原作通りということは、原作の難解さがそのまま表現されているということ。
私も原作を2度読んでも訳がわかりませんでしたが、
この映画も予備知識がないまま見てしまうと、まったく意味不明でしょう。
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