2013年03月16日

百人一首26 貞信公

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小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
 今ひとたびの みゆき待たなむ

★歌意
小倉山の峰のもみじ葉よ、もしもお前に物の趣を理解する心があるならば、
もう一度の行幸があるまで、(散らないで)待っていてほしい。




★解説
「小倉山」は京都市右京区嵯峨にある山です。小倉百人一首は藤原定家がこの小倉山の山荘で選んだため、「小倉」の名前が付きました。写真の通り、古代から紅葉の名所です。
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「みゆき」は「御幸」と書き、「ぎょうこう」とも発音します。天皇の来訪のことを言います。

この歌の意味はわかりやすいですね。天皇という偉い人が小倉山にやってくることがわかった。滞在中は楽しんでほしい。頼むから紅葉の葉よ散らないでおくれという心境。
現代のサラリーマンでも接待するときはこういう心境ありますよね。



★人物
貞信公(藤原忠平)(ていしんこう、ふじわら の ただひら、880年〜949年)
官職の最高位である太政大臣にまで昇ったほどで、天皇の信任が厚く、藤原氏を盛り上げた人物です。貞信公は死後の諡(おくりな)です。

彼の周辺には、歴史的に重要な人物たちが多くいました。
一人は、兄の藤原時平。彼は菅原道真(24番歌歌人)と対立した人物で、これがキッカケで道真は失脚し大宰府に飛ばされました。ただ、忠平は道真と交流があったようです。

もう一人は、平将門です。将門はかつて忠平の家人だったのです。そのときは「滝口の武士」という警護職に就いており、滝口小次郎という名前でした。
その後、939年に平将門の乱を起こしましたが、結局は朝廷軍に討たれてしまいます。


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posted by すぱあく at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 百人一首 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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