彼は一生のほとんどを旅していたわけですが、その資金はどこから来ていたのか?
マルコ・ポーロと比較してみます。マルコ・ポーロの一家は商人で、キャラバンを率いて世界の国々を旅していました。つまり、自分たちの旅費はビジネスで稼いで捻出していたのです。
しかし、イブン・バットゥータは商人ではありません。たしかに、彼の旅をバックアップしたのはイスラム商人たちでしたが、それでも資金の問題は必ずついてまわっていたと思われます。
そんなことを考えていたら、明快な答えが『大旅行記』に書かれていました。
なんと、彼はイスラム商人たちから借金をすることで旅費を捻出していたのです。
しかも凄いことに、はじめから踏み倒すつもりで借りていたっぽいのです。
『大旅行記5』325頁
私は、かねて、旅の道中で使った費用や、スルタンへの贈り物として用意したもの、私のデリー滞在中に費やしたものなどのすべての必要費用を数人の商人から借金をしていた。その商人たちが郷国に旅立つことを望んだ際、彼らは私に彼らの貸付金の返済を促した。そこで私は、スルタンを賛美する次のような出だしの長い詩(カスイーダ)を詠んだ。
(※この後、スルタンを称える本当に長〜い詩が続きます。内容は・・・
高貴なること、もし太陽にも優る地位あらば
汝こそ、まさに最も崇高なるに相応しき規範(イマーム)の御方
・・・などと、スルタンを思いっきりヨイショするものです)
私は、以上の詩をスルタンのもとに献じた。その時、スルタンは椅子にお座りになって、膝の上にそれを記した紙を置き、その一端を御手に握り、もう一方の端をこの私がしっかりと持った。私は、その詩句の一行を読み終えるごとに、大法官カマール・ウッディーン・アルガズナウィーに「その意味を世界のご主人様(フーンド・アーラム)に説明下さるよう」申し上げた。すると、彼は説明し、スルタンを楽しませた。彼らインド人たちはことさらにアラビア語の詩を好んでいるためである。そして、上述の私の詩句の中の終盤の部分に来ると、彼は「マルハマ!」と言った。その意味は、「わしは汝に情けを垂れようぞ」ということである。
(中略)
「ハワージャ・ジャハーンのところに行け! そして、あの者の債務が清算されるように、と言ってやれ!」と命ぜられた。
なんか、マンガみたいなやり取りです。
@イスラム商人たちから返済を迫られるイブン・バットゥータ
Aインド スルタンのムハンマド=ビン=トゥグルクに債務免除の相談に行く
Bスルタンのご機嫌を取るために、彼をヨイショする長い詩を延々読み続ける
Cスルタン、すっかりご機嫌になり債務免除を約束する
異国の王宮で法官職として就職したばかりか、スルタンに頼み込んでプライベートの借金を返済してもらおうとしたのです。これぐらいの図太さがなければ、とても三大陸を冒険することなどできないということでしょうか。
実はこの話には続きがあります。
債務免除がすっかりうまく行ったと思って、イブン・バットゥータはウキウキしていましたが、その後スルタン側から連絡がありませんでした。
スルタンは狩猟やらなんやらで多忙になり、それどころではなくなっていたのです。しかも、連絡の行き違いなどもあり、結局、債務免除は保留になってしまいました、というオチまでつきます。
本当にマンガのような話です。
★関連記事
・イブン・バットゥータ『大旅行記』年表
・インド史 年代別記事一覧
・ブックレビュー一覧
新品価格 |
ラベル:イスラム教