2012年06月17日

マイルスと手塚治虫の相似性3 困るぐらいの嫉妬深さ〜マイルス編〜

これまで“ジャズの帝王”マイルス・デイビスと“漫画の神様”手塚治虫の相似性を見てきました。
 相似性@ 死ぬまで挑戦し続けたこと  マイルス編  手塚編
 相似性A 弟子たちがその後の歴史を作ったこと  マイルス編  手塚編

Miles-Davis.jpg以上2つは、プラスの要素です。しかし、今回見ていくのはマイナス面。
人間は神ではありませんから、完璧ではありません。
 手塚治虫はアニメ事業の失敗で多額の借金をしましたし、
 マイルス・デイビスは麻薬に溺れて廃人になりかけました。

そんな彼らのもうひとつのマイナス要素が、かなり嫉妬深いということ。

一時代を築いた人でも年を取り、衰えていきます。人間は誰でもこの宿命から逃れられません。
しかし、彼らは天才であるがこそ、自身の衰退が許せません。同時に、自分を抜かしていく若手も許せません。

その執念が生涯現役につながり、死ぬまで挑戦することになるのです。それはとても素晴らしいことです。
しかし、現場にいる若手はたまったもんじゃありません。
「早く引退してくれないかな」と思っている人は多いはずです。

こうした光景はこの人間社会の至るところで見れます。
大御所がなかなか引退しない芸能界、70代以上が多数の国会議員、いつまでも経営に参加する創業者一族・・・。
そして、マイルス・デイビスと手塚治虫・・・。


60年代、ビートルズが台頭し、ロックが世界中を席巻します。一方でジャズは急速に過去の遺物になってしまいました。“ジャズの帝王”マイルス・デイビスは大いに焦ります。

しかし、彼は天才です。「奴らにできて、俺にできないわけがない」と執念を燃やし、彼もロックに挑戦します。このあたりは本当に凄いと思います。

ですが、ジャズ界で果敢に挑戦したのはマイルスただ一人でした。かたやロックの方は、次から次へと新たな才能が出てきます。とても勝てるものではありません。

さらに、マイルスにとって衝撃的だったのは、前回紹介したスティングの存在です。
スティングはロックミュージシャンですが、ジャズをバックボーンに持っていました。そして、ソロ転向後はジャズの分野に乗り込んでくるのです。老舗商店街に、新興ショッピングセンターが台頭してくる、そんな衝撃だったでしょう。

案の定、とんでもないことが起こります。なんと自分のバンドのメンバーがスティングに引き抜かれていくのです。
当然、マイルスは怒り狂います。この嫉妬に狂う様子が『マイルス・デイビス自叙伝』に記されています。
ダリル・ジョーンズは、そのすぐ後にオレのバンドを抜けた。それから彼は、スティングとパリで「ブリング・オン・ザ・ナイト」という映画と作って、その後はスティングとオレのバンドをかけもちでこなしはじめた。1985年の夏にヨーロッパをツアーしていたある日、もしオレとスティングが同じ日に仕事があったらどっちを取るんだと聞いてみた。彼が「わからない」と言うから、「いつかは起こることだから、よく考えておくんだな」と言い渡した。スティングは、オレが払っている金なんか問題にならないほどの金を出していたから、ダリルが辞めることも十分納得できた。これもデジャブー(既視感)だなと思ったが、考えてみれば、オレが誰かミュージシャンを使いたい時にも似たようなことをやってきていた。今度は、オレがやられるだけのことだ。

1985年の7月に東京に行った頃には、ジョン・スコフィールドもこれが最後のツアーだと言っていたから、ダリルが辞めることと合わせて、考えなきゃならなかった。ある日、東京でホテルの部屋に向かって、オレはウォークマンのヘッドフォンを引きずりながら歩いていた。するとダリルが、それを見て言った。「ねぇ、チーフ、床にヘッドフォンを引きずってるよ」。ミュージシャンの多くがオレのことを“チーフ”と呼ぶんだ。ところがオレは、ヘッドフォンを拾ってつかむと、向き直ってダリルに言ってしまった。「それがどうしたってんだ? お前はもうオレ達と一緒じゃないんだから、なんの関係があるってんだ! スティングに言ってやりゃいいじゃないか、お前の新しいリーダーだろうが」

ダリルの演奏が大好きだったし、スティングの所に行くこともわかっていたから、ただ腹を立てていたんだ。オレの言葉が彼を傷つけたことも、彼の顔に表れた苦しい表情も見て取れた。ダリルと甥のビンスはとても気が合っていたから、ダリルもオレの息子みたいなものだった。だから、スティングとやるために去っていく、それだけでオレも傷ついていたんだ。金銭的な意味でも知的なレベルでも理解はしていたが、だがその瞬間は感情が抑えられずに、心の痛みに反応して行動してしまった。後で彼を部屋に呼んで、長い時間話し合って、彼がどんな奴だか、とてもよく理解できた。彼が部屋を出ていこうとした時、オレは立ち上がって言った。「ヘイ、ダリル。すごくよくわかったぜ。お前もお前の演奏も大好きだから、すべてうまくいくように祈っているぜ」

ダリル・ジョーンズは、マイルス・デイビスの甥であるビンスと友人でした。
その縁故で、マイルスバンドに入団した経緯があったのです。
つまり、縁故入社させたのに、今よりサラリーがいいという理由で他社に転職するようなもの。
やられた方はマイルスでなくても、怒ると思います。

ただ、思わず怒ってしまった後は後悔し、ダリルに優しく接します。このくだりのマイルスは本当に普通の“人間”です。

それにしても、スティングとマイルス・デイビスの両方を尊敬してやまない私にとって、この文章は発狂するほど嬉しい価値のある内容です。しかも、舞台が東京で、ウォークマン聞きながらなんですから、ただそれだけで日本人として嬉しいです。


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posted by すぱあく at 14:05| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカ合衆国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
手塚の嫉妬深さは有名だからね〜。だからこそ死ぬまで革新的なマンガが描けたってのもあるんだけど。ジャゾタってガノタとおんなじぐらい排他的だけど、今度貧道の大好きなジェリーマリガン特集やってよカテジナさん。
Posted by ガンバ=レル大尉 at 2012年06月18日 23:50
レル大尉殿

ジェリー・マリガンって、あんた渋いねぇ。渋すぎるねぇ。
この方って、たしか珍しいバリトン奏者じゃなかったっけ?
実は、聞いたことがないんです。

しかぁし、私が尊敬するマイルスバンドにいたわけですから、聞かないわけにはいくまい。
いずれ、聞いてレポートしたいと思います。

ところで、カテジナさんって、「サンライズ三大悪女」で名高い人でしょ。
こちらも私、知らないんですよ。要するに「Vガンダム」見てないんですよ。

レル大尉のガノタぶりもなかなかですなぁ。
Posted by すぱあく@管理人 at 2012年06月20日 16:39

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