2012年01月21日

東ローマ帝国皇帝に謁見する

『大旅行記』を読みますと、イブン・バットゥータはさまざまな国の為政者(スルタン、皇帝、王)への面会に成功しています。この事実が『大旅行記』をさらに超一級品の資料にさせています。そして、コンスタンティノープルではなんと東ローマ帝国皇帝に謁見しているのです。そんな簡単に偉い人に会えるもんなの? これはイブン・バットゥータの人徳によるものですかねぇ〜。

東洋文庫『大旅行記4』66頁〜
andro3.jpg皇帝の名前は、タクフール(アンドロニコス3世パレオロゴスのこと)であり、皇帝ジルジースの息子である。現皇帝の父帝であるジルジースは存命中であったが、俗界を去り、修道士となってひたすら祈りのために教会で禁欲的生活を送っており、王位は彼の皇子に譲っていた。

中略

その後、私が壮麗な円蓋堂に着くと、そこには玉座に座った皇帝がおられ、彼の面前には彼の皇后、つまりこのハートゥーンの母君が一緒におられた。玉座の下方にはハートゥーンが姉君と一緒に控えていた。また皇帝の右側には六人の男たち、左側には四人、背後には四人が付いて、いずれも彼らは武器を携帯していた。皇帝は、私の恐怖心を和らげようとのお心遣いからであろうか、私が礼拝してから彼の御前に進み出る前に、まずしばらくは座るようにとの合図をされた。そこで、私はその指示に従ってから、彼のもとに進み出て、立ったまま礼拝すると、彼は私に座るよう合図されたが、私はそれに従わずそのままで立っていた。

すると、彼は私にエルサレム、ベツレヘム、ダマスカス、エジプト、イラクなどについて尋ねられた。私がそれらのことすべてについてアラビア語で返答し、お付のユダヤ人が私と皇帝との間の通訳をしてくれた。私の言うことに皇帝はいたく満足されて、彼の皇子たちに向かって、「この方をくれぐれも丁重に扱い、身の安全を守るように」と言った。続いて、皇帝は私に記念の礼服を下賜され、また私のために鞍と馬勒の付いた馬一頭と王位にある者が頭上にかざす日傘を与えるよう命ぜられた。その日傘は、安全保護の印となるものである。私は、皇帝に毎日、町中を馬に乗って案内してくれる人を指名してくれるよう願い出た。それは、私が町の驚嘆すべきこと、その不思議なことを実際に眼で見て、それらのことを私の故郷で土産話として聞かせたいからであった。すると、彼はそのことで私のために案内人を選定してくれた。

●時代背景
ローマ帝国は395年に東西に分裂。西ローマ帝国は476年に早々に滅亡しますが、東ローマ帝国は1453年まで長く生き続けます

イブン・バットゥータのこの謁見は、推定で1333年とされています。この頃の東ローマ帝国はすでに斜陽の状態で内紛が絶えませんでした。

そして小アジアで台頭してきたオスマン帝国と何度も開戦しています。このオスマン帝国に最後は滅ぼされます。


●解説
単純ですが大事なことが載っています。イブン・バットゥータが普段話している言葉はアラビア語だということです。それをユダヤ人通訳が、おそらくギリシア語に訳して皇帝に伝えています。

皇帝の名前は「タクフール」とありますが、タクフールとは皇帝の称号を表すアラビア語で個人名ではありません。皇帝の個人名はアンドロニコス3世パレオロゴス(wikipedia)です。

アンドロニコス3世パレオロゴスの父親は、ミカエル9世です。本文には父親の名前はジルジースで、しかも存命で修道士になっているとあります。

これは歴史的事実とは異なります。ミカエル9世はこの出来事の14年前に死去しているからです。よって、文中のジルジースとは彼の祖父であるアンドロニコス2世(wikipedia)と思われます。

アンドロニココス3世は若い頃から素行が悪く、そのため祖父から遠ざけられていました。しかし、祖父に反旗を翻して帝位を奪い、無理やり出家させました。

よって、本文にある「ジルジースは存命中であったが、俗界を去り、修道士となってひたすら祈りのために教会で禁欲的生活を送っており、王位は彼の皇子に譲っていた。」というのは、アンドロニココス3世の陰謀によるものだったんですね。

イブン・バットゥータのコンスタンティノープル滞在は非常に短い期間だったので、おそらく宮殿内で起こっている陰謀までは知らなかったでしょう。


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ラベル:ユダヤ
posted by すぱあく at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 『大旅行記』レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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