2015年02月18日

伊達氏の縁によって円満に共存している、二つの伊達市

伊達市というのは、北海道と福島県にあります。同一の漢字を用いた市名は、これを除けば府中市(東京都、広島県)だけです。

これまで自治体名は、混乱を招かないように同一の漢字を避けることが慣例でした。これは法律で決まっているわけではなく、あくまで旧自治省(総務省)の方針によって行われてきた慣例です。
この慣例に従うことにより、埼玉県東松山市は愛媛県松山市に配慮して「東」が付けられましたし、東京都東久留米市も福岡県久留米市に配慮して「東」が付けられました。

では、なぜ伊達市と府中市は例外なのでしょうか。まず、府中市から見ていきます。
広島県府中市ができたのは1954年3月31日であり、東京都府中市ができたのは1954年4月1日。つまり、たった1日の差です。これは二つとも同時期に「府中市」の名前を目指していたためです。もちろん自治省は、どちらかは別名にするよう促しましたが、どちらも頑として譲らず、ついに自治省の方が折れて認められたのです

すると各地で「これが認められたのなら、ウチもありだろう」と考え、同じ漢字を使った市名を名乗ろうとする動きが広がりました。しかし自治省は、これ以上認めてしまったら混乱が大きくなるばかりと判断し、以後は同一漢字の市名を認可しないようにしました

では、なぜ伊達市は認められたのか。ここに歴史ファンを熱くさせるドラマがあるのです


伊達氏発祥の地、福島県伊達郡
北海道伊達市ができたのは1972年。それに対し福島県伊達市ができたのは2006年と最近です。しかし、伊達という地名ができたのは福島県の方が元祖。それもそのはず、伊達政宗を含めた伊達氏の発祥の地なのですから

伊達氏は藤原北家の藤原山蔭(ふじわら の やまかげ、824年〜888年)を祖としています。平安末期の武将伊達朝宗(だて ともむね、1129年〜1199年)は、源頼朝の奥州征伐で功を上げたため陸奥国伊達郡(だてごおり)を賜り伊達氏初代当主となります。そして伊達氏はこの地を中心に栄えていきます。
その後内紛などの理由で、第15代当主の伊達晴宗(だて はるむね、1519年〜1578年)は米沢城(山形県)に本拠地を移します。

そして晴宗の孫が、第17代当主の伊達政宗(だて まさむね、1567年〜1636年)。東北地方のほとんどを制圧した、伊達氏で最も有名な人物です。
関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方し、その恩賞として仙台藩が与えられ、62万石の大藩として繁栄しました。

一方、福島県伊達郡はそのまま地名として残り、現在に至ります



北海道伊達市の由来
dokuganryu.jpg伊達氏が東北地方に縁があるのはわかりますが、ではなぜ北海道に伊達市があるのでしょうか。この由来を知るには、NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』(1987年)を見るとよくわかります。
伊達政宗(演:渡辺謙)は梵天丸と呼ばれていた幼少期、虎哉宗乙(こさい そういつ、演:大滝秀治)のお寺で学問を学んでいました。このとき一緒に学んでいたのが、近い年齢の親戚・伊達成実(だて しげざね、1568年〜1646年、演:三浦友和)でした。この伊達成実は、後に分家である仙台藩の亘理伊達家(わたりだてけ)の初代当主になりました。

時は下って1870年、亘理伊達家の第14代当主・伊達邦成(だて くにしげ、1841年〜1904年)は、明治新政府の命令で家臣・領民たちを引き連れ北海道開拓を行いました。そして、この辺りは伊達村と呼ばれるようになり、後に伊達市になっていくのです。


同じ伊達氏をルーツに持つ親近感
平成の大合併により、福島県伊達郡にあった5町が合併することになりました。このとき新市名を「伊達市」にしようと考えました。しかし、伊達市は北海道にすでにあります。果たして総務省がOKするか、きっと不安になったことでしょう。
合併協議会では総務省にお伺いを立てます。すると「既存の市から異議が出ないということ。相手方との意思疎通を十分に取ること」と回答しました。つまりNOではなく、相手と相談してみてねと言ったわけです。これを受けて合併協議会は北海道伊達市を訪問し、話し合いをします。すると意外にOKが出て、晴れて福島県伊達市が誕生しました。
福島県伊達郡はそもそも伊達氏発祥の地。同じルーツを持つ親近感ゆえに実現した例といえます。この出来事は既存市が納得すれば、同じ漢字の市名でもOKという前例となりました。ただ、ここまで歴史的なミラクルはあまりないでしょう。それゆえに歴史ファンとしては熱くなりませんか?


愛媛県宇和島市も伊達氏ゆかりの地なんだよ
『独眼竜政宗』では、政宗の側室として猫御前(演:秋吉久美子)という女性が登場しました。正室の愛姫よりも先に長男を産んだため、ドラマの中ではいろいろと騒動を巻き起こしました。
これは史実で、彼女の生んだ子どもが伊達秀宗(だて ひでむね、1591年〜1658年)。もしも正室の愛姫が男子を産まなかったら、彼が仙台藩主になっていたでしょう。しかし、愛姫は伊達忠宗(だて ただむね、1600年〜1658年)を産んだため、秀宗が大名になる芽はなくなってしまいました。
不憫に思った政宗でしたが、1614年に秀宗が大坂の陣で戦果を上げたため、10万石を与えられ伊予宇和島藩の初代藩主になることができました。
ただ、伊予宇和島藩は後々まで仙台藩から「あそこはウチの支藩」と思われていたそうです。分家の辛いところですね。


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NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』(主演:渡辺謙、脚本:ジェームス三木、原作:山岡荘八、音楽:池辺晋一郎、1987年)。平均視聴率39.7%で、現在においてもトップ。「梵天丸もかくありたい!」が流行語に。

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ラベル:戦国時代 藤原氏
posted by すぱあく at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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