2015年01月24日

復元「御手杵の槍」が結城蔵美館で常設開始!

kurabikan.jpgこのところNHKや地域誌などで、それなりに露出があった天下三名槍のひとつ「御手杵」(おてぎね)が、茨城県結城市の「結城蔵美館」(ゆうきくらびかん)で常設展示されることになりました。

他のふたつの名槍と異なり、「御手杵の槍」は東京大空襲で焼失。それでも静岡県島田市の有志らが、文献を研究し2002年に復元品が作られたのです。翌03年に結城市に寄贈され、一時は市役所に展示されていましたが、あまりの大きさに展示スペースが確保できなくなり、長く“お蔵入り”になっていました。それだけに常設展示が始まったことは大きな意義があります。


otegine.jpgこれが「御手杵の槍」。総長は412pで、大人3人がかりで持てる重さと長さです。とても戦場で振り回せる代物ではなく、権威の象徴として作られたと思われます。

発注したのは結城氏第17代当主の結城晴朝(ゆうき はるとも、1534〜1614年)。作ったのは島田宿(現在の静岡県島田市)の刀工・五条義助でした。島田市の有志がこの槍を復元しようと思ったのは、こうした縁からです

その後、結城晴朝の養子で第18代当主の結城秀康(ゆうき ひでやす、1574〜1607年)に受け継がれます。秀康は、徳川家康の次男でありながら本家の家督を継げず、豊臣秀吉の養子に出され、さらには結城氏の養子に出された悲運の武将です。それでも腐らず、せっせと励んだ結果、関ヶ原の戦いで戦功を立て、初代・福井藩主になります。

秀康の子供の代から福井藩主は松平姓になり、この槍も戦災で焼失するまで松平氏の所蔵となりました。

常設展示になったこの素晴らしい機会に、ぜひ結城市を訪れて御手杵の槍をご覧ください。


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posted by すぱあく at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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