2014年08月01日

なぜ司馬遼太郎は戦中を舞台にした小説を書かなかったか

司馬遼太郎が、22歳のときからずっと考えていた「日本人とは何か?」を突き詰める思想の旅。
まずは幕末を明らかにし、そして明治、戦中と進めていくことで、なぜ武士道や礼節を重んじていたはずの日本人が、あんなに馬鹿げた戦争に突入していったのか、その理由を考える旅でした

その一歩である『竜馬がゆく』によって幕末が書かれ、次いで『坂の上の雲』によって明治が書かれました。
この2つの小説には共通の世界観があります。それは黎明期にある近代日本はまだ目覚めたばかりで右往左往しながらも、持前の忍耐力と勤勉性を持って進む明るい姿でした

その甲斐あり、1894年の日清戦争に勝利、次いで1904年の日露戦争にも勝利するという快挙を達成しました。
極東のちっぽけな島国が、中国とロシアという超大国を破ったのです。しかし、この快挙に国全体が熱狂し、いつしか分不相応な暴挙が日常茶飯事になっていきます。陰湿で凄惨な戦前・戦中の始まりでした。


ノモンハン事件に焦点を定めた司馬遼太郎
nomonhan.jpg明治の次はいよいよ戦中。司馬遼太郎にとって思想の旅の最終地点でした。「なぜ、私も含めて多くの若者が徴兵され、無駄に命を落としていったのか。当時の上層部はどうしてあんな馬鹿げた戦争に突入することを命じたのか」。司馬遼太郎が一番知りたい答えを明らかにする旅でした。

司馬が焦点を定めたのは、1939年に起こったノモンハン事件でした。事件当時は国民に極秘にされていたため、戦後に明るみになった事件。さらに、現代の歴史教育でもさらっと流すので、日本人のほとんどが知りません。なんだ?ノモンハン事件って?


取材をすればするほど鬱になっていく
ノモンハン事件は、表向きは満州国とモンゴルの国境紛争です。しかし、実質は傀儡国家を操る日本と、その日本のアジアでの膨張を危険視していたソ連との戦いです

ソ連軍は5万以上。それに対して日本軍は遥かに少ない兵力。しかも、ソ連軍との衝突を避けるべきという日本総本部の意向を無視した関東軍の暴挙。司馬遼太郎が敵視する上層部の愚挙として、格好のテーマと考えたのです
しかし、取材をすればするほど、鬱の状態になる司馬。当時の参謀だった人物は責任を取るどころか、国会議員にまでなっている現実。気が狂いそうになり、ついに「書かない」ことを決めます。

当時、編集者として司馬にノモンハン事件の執筆を提案した半藤一利は、下記のように司馬が言っていたと述懐しています。
調べていけばいくほど空しくなってきましてね。世界に冠たる帝国といい気になって、夜郎自大となった昭和の軍人を、つまりは日本そのものを、きちんと描くには莫大なエネルギーを要します。昭和12年に日中戦争が起こって、どろ沼化し、その間にノモンハンの大敗北があり、そしてノモンハンの敗戦からわずか2年で太平洋戦争をやる国です。合理的なきちんと統治能力をもった国なら、そんな愚かなことをやるはずがない。これもまたこの国のかたちのひとつと言えますが、上手に焚きつけられたからって、よし承知したという具合にはいきません(笑)淋しい話になりましたね。(『プレジデント』1996年9月号 半藤一利「司馬遼太郎とノモンハン事件」)


関係者が存命中は、冷静な歴史認識はムリかも
ここからは個人的な意見です。私はアジアとの仕事をしていることもあり、嫌中・嫌韓の思想はあまり持っていないことを前提にして話します。よくアジアを中心に、「日本は戦争責任を明確にせよ」と言われていますが、関係者が存命中は冷静な歴史認識はムリではないかなと思います。この司馬遼太郎の断筆なんかを見ると、とくにそう感じます。

司馬は、『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』で、明るい日本の姿を描き出しました。では幕末や明治の日本には、陰湿な人間はいなかったのでしょうか。そんなわけありません。幕末まで威張っていた大名が、四民平等で農民と同列に格下げになるかもしれないと思ったら、誰よりも陰謀を張り巡らせるのではないでしょうか。
それでも、司馬が明るい小説にできたのは、やはり関係者がすべてこの世を去り、歴史的事実だけを冷静に分析できたからだと思います。反対に、戦中を舞台にした小説を書くには、司馬にとってまだまだ生々しすぎたのだと思います。

司馬よりも後の時代の作家である浅田次郎は、戦前を舞台にした小説を書いていますが、司馬よりは遥かに精神的なダメージがない状態で書けていると思われます。
いずれにしても戦後70年経つわけですが、戦中・戦後の検証は私たちの仕事なのではないかと考えています。私たちは当時との関係が希薄な分、冷静に歴史認識を判断できる可能性があるからです


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posted by すぱあく at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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