2012年04月14日

澤瀉屋 革新を求めるDNA

omodaka.jpg澤瀉屋(おもだかや)・・・「おもだか」って聞きなれない言葉ですよね。

「オモダカ」というのは薬用などに用いられてきた植物のことです。初代市川猿之助の生家がこの澤瀉を扱う薬屋だったため、歌舞伎の屋号を「澤瀉屋」にしたのです。

さて、初代市川猿之助は、明治・大正期に活躍した歌舞伎役者です。
ennosuke_1st.jpg「成田屋」のように江戸期から活躍している一門と比べると、「澤瀉屋」は“新参者”なわけです。
しかも、初代市川猿之助は門閥の出身ではなく、門弟から身を起こした人物です。そのため、若い頃は凄まじい苦労をしましたが、その末に最終的には歌舞伎界の中核にまで上り詰めます。

澤瀉屋は“新参者”であるがゆえに、反骨精神と革新を求める気概に富み、
各時代で閉鎖的な歌舞伎界に新風を巻き起こしてきました。
同時に、子弟の教育にも力を入れてきました。教育には金を惜しみなく使っていたためときには厳しい財政だったといいますが、これも“新参者”という逆境から来る強さだと思います。

●初代 市川猿之助の革新
明治後期から昭和始め、近代社会にふさわしい歌舞伎を志す文学者が新たな作品を書くようになりました。
それが新歌舞伎と呼ばれるものです。代表的な作家が坪内逍遥でした。初代市川猿之助はこの新歌舞伎に挑戦しました。
また、当時の最新の演劇であった「新派」にも客演しました。


●二代目 市川猿之助の革新
ennosuke_2nd.jpg初代 市川猿之助の長男が二代目 市川猿之助です。欧米に留学して最新の舞台芸術を学び、このとき見たロシア舞踊を歌舞伎に取り入れるなど革新的な取り組みをしました。
新作や翻訳物に取り組む一方で、埋もれていた古典を復活させたり映画に主演するなど、かなり精力的に活動しました。
また、戦後にはソ連・中国公演を実現するなど、行動力もかなりグローバルでした。


●三代目 市川猿之助の革新
二代目 市川猿之助の孫が、三代目 市川猿之助。つまり、当代の市川猿之助さんです。24歳で猿之助を襲名しましたが、直後に父と祖父を亡くすという不運に見舞われます。
しかし、彼も先代に劣らず、超革新的な人でした。
そのひとつが、役者の体をワイヤーなどで吊り上げ、空中を飛行しているように見せる宙乗りです。
宙乗りの歴史は意外に古く、18世紀初頭に初代市川團十郎がはじめたといわれていますが、久しく廃れていました。
それを猿之助さんが復活させたわけです。
観客はド肝を抜かれ拍手喝采でしたが、当時の保守的な歌舞伎界からは異端児扱いされます。しかし、それこそ澤瀉屋の面目躍如とばかり、舞うことなんと5000回をはるかに超えギネスブックにも登録されました。

super_kabuki.jpgそして、なんといっても極め付けはスーパー歌舞伎です。これは今までにない
現代風歌舞伎で、得意の空中パフォーマンスあり、歌あり、踊りありの新境地です。
1986年、哲学者梅原猛が脚本を手掛けた「ヤマトタケル」を皮切りに現在も続いています。

さて、1965年に猿之助さんは女優の浜木綿子さんと結婚しますが、わずか3年で離婚します。そのとき生まれたのが香川照之さんですが、香川さんは浜木綿子さんに育てられたため、猿之助さんや歌舞伎界とはまったく無縁に育ちました。


●市川亀治郎の革新
takeda_shingen.jpg猿之助さんの実の息子である香川照之さんが歌舞伎と無縁だった一方で、澤瀉屋のホープとして活躍目覚ましかったのが、市川亀治郎さんでした。彼は猿之助さんの甥にあたり、つまり香川照之さんとは従兄弟の間柄です。
大河ドラマ『風林火山』の武田信玄役で一気に全国区になりました。彼は劇中で、武田家の家督を継ぐ前は普通の話し方をしていましたが、家督を継いでからは歌舞伎役者らしい重厚な台詞まわしをし、結果的に人々が抱いている雄雄しい武田信玄像を演じきりました。この役柄のため男くさいイメージがありますが、歌舞伎では当代きっての女形として注目されてきました。
要するに何でもできる人なんです。それを可能にしているのが、凄まじいほどの勉強量で自宅には書店が開けるくらい蔵書が置いてあるといわれています。


●今後の澤瀉屋
omodakaya.jpg

旺盛な活動をしていた市川猿之助さんでしたが、03年に病に倒れて以降は舞台から遠ざかります。
そんななか、2012年6月より市川亀次郎さんが四代目 市川猿之助を襲名することが発表されました。
当代の猿之助さんは市川猿翁を襲名します。
同時に、長く歌舞伎界と無縁だった香川照之さんも市川中車(ちゅうしゃ)という名跡を名乗り歌舞伎界入りすることになりました。香川照之さんの演技に対する姿勢が凄いことはよく知られていますが、今後は澤瀉屋の歴史のひとつとして語り継がれていくかもしれません。

ちなみに、上記3人の学歴を見てみますと、市川猿之助さんと市川亀次郎さんが慶應義塾大学文学部国文学専攻卒で、香川照之さんが東京大学文学部卒です。
学歴の高さは梨園随一ですが、これも澤瀉屋が師弟の教育に力を入れるという伝統を持っているからかもしれません。


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ラベル:歌舞伎
posted by すぱあく at 14:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
へー亀冶郎が猿之助になんのか。風林火山は近年まれに見る良作だった。今の糞壺みたいな大河作ってるNHKのスタッフに400回ぐらい見せる必要がある。
Posted by ガンバ=レル大尉 at 2012年04月14日 23:14
>>>ガンバ=レル大尉さん

こんにちはレル大尉!!

『風林火山』ってさ、
山本勘助の内野聖陽
武田信玄の市川亀治郎、武田信虎の仲代達矢、板垣信方の千葉真一
上杉謙信のGackt、宇佐美定満の緒形拳
今川義元の谷原章介、寿桂尼の藤村志保、雪斎の伊武雅刀 とかさ

主役から脇役までキャラが立っていて、凄いドラマでしたね。

まさに「『江(ごう)』とは違うのだよ『江』とは」って感じですね。
ヒートロッドでやっつけちゃってくれよ。
Posted by すぱあく@管理人 at 2012年04月15日 09:03
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